2011年以前の過去日誌


2011年12月31日         

2012年元旦

いろいろな作品多くの悲しみと苦難の2011年があと5時間足らずで終わろうとしています。年が改まってもすぐに状況が変化するわけではないでしょうが、新たな年を希望を持って迎えたいと思います。沼南ラジオ工作室の活動も5年目に入りますが、ローテクの限りを尽くした? 簡素な作品ながら、物作りの楽しさを若い人たちに伝えることをめざして活動していこうと大晦日にあたって決意しています。
工作室に戻る 
2011年12月23日        

放射線測定値の比較結果は??

比較する測定は、同じ地点で地面から1センチの位置と地面から100センチの位置の2個所で行います。そのため高さ1メートルの測定台を自作。家周辺の測定結果は、雨樋からの雨水が直接地面にしみこむ場所の地表1センチの値が1マイクロシーベルト/時の表示を越えるところもありました。ただし、水平に40センチ程度移動するだけで数値は下がり、100センチ上では影響はみられません。
気になっていた、2台の自作カウンタの表示は、市から借りたものよりおおむね高め(1.2〜1.3倍)でしたが、場所によっては同じだったり、逆になったりもして、相対的な関係は明確にはつかめませんでした。貸出機の使用時間が限られていたので比較実験はこれまででした。ただ、自作キット機も放射線量の多い少いを確認する目的には使えるという印象をうけました。
工作室に戻る 
2011年12月23日        

自作キットのガイガーカウンタと借りた放射線測定器の数値

比較する本日、23日は以前柏市に予約してあった放射線測定器(中央)を1日(8時間) だけ借りる日。この際、我が「しょうなんラジオ工作室」周辺の測定とともに左右にある自作の2種類のガイガーカウンタキットと併せて使うことでそれぞれの表示数値の差も確認してみました。
工作室に戻る 
2011年12月19日        

グランドミーティング

もたったJARLシール土曜日の夕方から松戸柏ローカルの方々の忘年会に参加させていただきました。ひごろ無線では話しきれない話題が飛び交い、楽しいひとときでした。JA1BAC/JH3AKB、JA1LNQ、JA1LTF、JR1OAR各局ありがとうございました。このシールそのときのおみやげ? です。
工作室に戻る 
2011年12月11日        

ガイガーカウンタをPCとつなぐ

ガイガーカウンタをパソコンとつなぐ製作したガイガーカウンタをPCのUSBにつなぐと電源はPCから供給されます。継続測定記録のためのソフトは、ダウンロードしていませんが、これからやってみるつもりです。
工作室に戻る 
2011年12月10日        

ガイガーカウンタ組み立て完了

新ガイガーカウンタの内部キットはストロベリーリナックス社のUSBガイガーカウンタ・キットVer.2。PCとつないで、継続測定ができるし、もちろん電池駆動で単独使用可能。完成後のテストでも期待したとおりの数値が表示されているので、満足。なるべく、ゴッツク作ってほしいという親戚の要望に応えてゴッツク作ってみました。
工作室に戻る 
2011年12月7日        

ガイガーカウンタキットが届く

新ガイガーカウンタキット鳥の形をしたカボチャを持ってきてくれた親戚に、以前キットで作ったガイガーカウンタを見せたら、同じのを作ってほしいと頼まれた。しかし、あの千石電商で買ったやつはもう売ってないみたいだし、インターネットで探した別のキットを注文した。マイクロシーベルトを直接表示するとのことで、期待しながら早速組み立て開始。まずは、ケースの加工から。
工作室に戻る 
2011年12月5日        

抵抗カラーコード読取り器

抵抗カラーコード解読ローカル交信時、私が大昔に考案した抵抗カラーコード読みとり器を話題にしていただいてました。今日、時間があったので現物見本を紙切り工作とハトメ金具で何個か作りました。
一番左のぼろぼろのは、私が当時からいまだに使っているものですが、これからは新しいのが使えます。
工作室に戻る 
2011年12月4日        

私の長がーい足

長い足11月中の作業が一段落して、朝の散歩にでもでかけようか、という余裕の気分になったので、夜明けとともに近所に散歩にでました。
朝日を背に、自分の影をみたら、こんなに長い足になりました。下り坂なので特に長く見えるのです。このところ表に出て景色をみる余裕もなかったのか、気がつけば木々もけっこう色づいているのでした。
工作室に戻る 
2011年11月16日        

真空管をいただいた

真空管先に製作した電信送信機用に真空管、6146その他をJA1BAC局からQSYしていただいた。MT管は6AU6、12AX7、6AQ5。AM用変調機でも作ってみたくなりました。 
工作室に戻る 
2011年11月2日        

製作作品の基礎実験開始

冬向け工作実験11月は行楽の季節なのだが、これからは原稿作品の研究に取り組むことになる他にレトラジの動作試験もあり、忙しくなってきた。
工作室に戻る 
2011年10月29日        

昇仙峡の紅葉はまだこれからでした_2

熊に注意昇仙峡へは、入り口の長とろ橋前でバスを下車、渓谷ぞいに歩きましたが、思ったより上り坂が急で、休み休み進むためほとんど前後に人影なく、沢の水音を聞きながら静かな一人歩きでした。
途中、松の幹にこのような、熊に注意の張り紙があり、少しスリルがありましたが。
工作室に戻る 
2011年10月29日        

昇仙峡の紅葉はまだこれからでした

昇仙峡工作室にこもりきりの毎日でしたが、月末、昇仙峡を散策し、甲府の山奥にある積翠寺温泉に一泊してきました。谷間の木々は一部色づき初めていますが、山々はまだ緑でした。奇岩の下の茶店でいただいた、「とろろそば」の味も忘れられません。やはり、「ほうとう」より「そば」です。私は。
工作室に戻る 
2011年10月14日        

7メガ電信送信機の研究

ワンターンランプ昔懐かしい電信送信機とVFOを作りました。管球式アンプならぬ管球式送信機はもはや、わびさびの世界でしょうか。 ワンターンランプの光を見ていると遠い子供時代に戻ったような気持ちになります。
工作室に戻る  管球式CW送信機へ
2011年10月1日        

下総基地開設記念

YS11引退本日は地元の海上自衛隊下総航空基地の開設記念日。雨模様の中を朝10時から夕方3時過ぎまで同基地内を見学。ここだけに現役で残っていたYS−11(T)も今年の9月に完全引退したとのことで、格納庫の中に寂しげにしていました。いつも我が研究室(自宅)の上空を独特の金属音を出して飛んでいたのが懐かしくなりました。そういえば、今ではP3Cが飛び回っています。 
工作室に戻る 
2011年9月20日        

カボチャの鳥?

カボチャ鳥田舎から親戚が来て、おみやげの中に庭でとれたカボチャがありました。それがなんとも愉快な形で、どう見ても何かの鳥なのです。そこで、目玉を付けたら、ますます鳥らしくなりました。そうしたら、かわいそうでこのカボチャ、食べることができません。
工作室に戻る 
2011年9月19日        

トリオ310ラインの修復

トリオ310ライン約30年押入に入っていたトリオのセパレート式SSB送信機、受信機TX310、JR310を復活させてみようという気持ちになり自称研究室(作業場)に持ちこんで来ました。 
工作室に戻る  310ライン修復記へ
2011年9月10日        

FR400残骸からメカフィル取り出し

メカフィル基板取り出す物置の奥に眠っていたFR400のシャーシ。そのまま捨てるにはしのびなく、部品をとりはずしました。昔、テレビから部品をはずして使ったのと同じ感覚です。メカフィル基板は使えるのかな? 
工作室に戻る  メカフィル修復顛末へ
2011年9月8日        

SSBラジオの改造

SSBラジオ改造2選択度が低かったので、例の真空管用スタイルのIFT(中国製?)をやめて、手持ちのトリオのIFTに。さらに古いメカフィルも入れたが、これは失敗。IFTを2本結合した集中型IFTに。選択度はやや向上した感じです。 
工作室に戻る 
2011年9月7日        

SSBラジオの改造

SSBラジオ改造電子工作マガジンで製作したSSBラジオを自分用に改造した。AVC回路とSメーター付加、電流を食い過ぎるオーディオ部を6BM8からICに。パネルも金属たわしで削り、つや消しアルミ色に。
工作室に戻る 
2011年8月16日        

夏休みの宿題は電子工作作品つくり

防犯ライト実験8月も半分過ぎた。連日30度以上の家の中で原稿作業は遅々として進まない。が、締め切りはすぎている。普段の50%ぐらいの効率で、それでも進めているのだ。1本目はあとすこしでレイアウト終わりです。Oさん、しばらくお待ちください。
工作室に戻る 
2011年8月8日        

モグラが我が家にやってきた

もぐらソニック隣家でももぐらがあばれまわっているとの話は聞いていいたが、案の定、我が家の庭にもやってきた。朝、庭にもぐらのトンネルのあとがはっきりと見えるようになった。隣家と共同でもぐらを追っ払う最新電子兵器!? 「もぐらSONIC」を2台購入して隣家と我が家の庭に設置。
中を見るとNE555と電子ブザー。自作できたのか? ともかく効果のほどを待つことに。
工作室に戻る 
2011年8月7日        

梅干を天日で干す

梅干天日干し雨模様や曇りが続き、機会待っていた梅干の天日干し。赤いしその分量はもう少し多くしたほうがよかったようだ。 しかし、どうやら梅干つくり研究はまずまず成功ということにした。
工作室に戻る 
2011年7月24日        

正午、お知らせ画面に

お知らせ画面正午、ついにアナログTV放送の最期だ。
さびしい。FMラジオでテレビの音声だけ聴くこともあったが、それもこれでおしまいだ。、
工作室に戻る 
2011年7月24日        

NHKアナログ放送最期の画面

最後の別れ10時5分からNHKで特別番組がはじまった。屋外のうさぎ耳アンテナをつないだテレビで、58年のアナログテレビの歴史を振り返る。
12時直前、最後のお別れの画面。
工作室に戻る 
2011年7月24日        

アナログTV用アンテナ設置

アナログTV用アンテナいよいよ、「その日」がやってきた。だれのための地上デジタル化なのか? あれこれ考える日々もあったが、とうとう「その日」になってしまった。
朝8時、うさぎ耳のVHFアンテナをバルコニーに設置。同軸ケーブルでアナログTVに導き、「その時」を待つ。
工作室に戻る 
2011年7月12日        

ウオータークーラー研究その2

屋根を流れる水今日も朝から刺すような日差し。塩化ビニールのパイプを2メータにして水まきクーラーのテスト。屋根全面が水の膜で覆われ、水冷効果が期待できそうだ。
工作室に戻る 
2011年7月9日        

赤しそを入れ、梅干し研究
第二段階へ

赤しそ追加赤しそを入れ、重しをのせて、ふたたび瓶を封印。しばらくこのままおいて、次に開くのは土用干し時。
工作室に戻る 
2011年7月9日        

梅干し作り第一関門通過

水があがっていた先週、梅を瓶につけて1週間が経過。おそるおそる、瓶のふたの封印を切ると、ちゃんと水があがっていた。
これで第一段階は通過。そこで、今日は赤しそを追加して封印。赤く色づいた梅を天日に干す日が待ち遠しい。
工作室に戻る 
2011年7月3日        

スカイプ用マイクアンプ製作

1スカイ用マイクアンプスカイプによる通話で。相手の音はきれいなのに、こちらの音はとぎれとぎれで聞きづらいと言われてしまった。PC用の小さなECマイクだったので、無線機と同じ感覚でスタンド付きのダイナミックマイクにし、さらにトランジスタ1個のマイクアンプを製作した。スピーカアンプにつないで動作確認したがPCにつなぐとそのままでは自分の音がモニタできないことに気づいた。スカイプの通話確認に何度もつないで、レベルや音質を確認して、満足いくものになった気がする。
でも、肝心のスカイプ友達のM君が出てこないので実際の通話で試すところまでいっていないのが残念。
工作室に戻る 
2011年7月2日        

梅干し作りの研究

うめぼし作りこどものころから梅干しは好きだった。無線でおなじみのローカル局も毎年つけていると聞き、「もの作り」の一環としてはじめての挑戦。スーパーで購入した3キログラムの梅。黄色くなりつつあり良い香りが工作室に漂うなか、解説書を見ながら一粒づつ洗ってへたを取り、塩をまぶしながら丁寧に瓶の中に並べ、漬け物石で圧縮してふたを封印。1週間後にふたを開けて、ちゃんと水があがっていれば第一段階はクリアなのだが。
工作室に戻る 
2011年6月29日        

ソーラーヒーティング研究

温水実験昨日に続き真夏の暑さ。
これはネコよけでなく、太陽熱温水器の実験。2リットルのボトル×9本で18リットルの15度の井戸水が太陽光にあてて数時間で約40度まで上昇した。午後3時、風呂場で一本ずつキャップをあけながら行水。髪を洗い、体を洗ってなんとか18リットルですんだ。そのあと飲む冷えたノンアルコールビールが格別でした。
工作室に戻る 
2011年6月28日        

省エネクーラー研究

冷房実験梅雨あけはまだ先のようだが、今日は真夏の太陽、真夏の暑さだ。今年はエアコンをなるべく使わないようにするため、屋根に井戸水を流して部屋を涼しくできるものか実験をした。
あり合わせの塩ビパイプにドリルで連続穴をあけて水を流す。さらさらとトタン屋根の表面を流れる井戸水を見ているとなんとなく効果がありそう。次は、もっと長い塩ビパイプで本格実験だ。
工作室に戻る 
2011年6月24日        

IC短波ラジオとドッキング

ICラジオとつなぐアルミシャーシに納めた「2バンドクリスタルコンバータ」をこのSSB対応短波ラジオにつなぐ。これで21、50メガではダブルスーパーになった。7メガも含め21と50各バンドの様子がすぐわかるのでGOODだ。
工作室に戻る 
2011年6月24日        

21と50のコンバータケース作成

短波コンバータ完成したクリスタルコンバータ基板をアルミケースに収めるにあたり、古い50メガのクリスタルコンバータ基板も入れて、2バンドのコンバータにした。電源はとりあえず単三×6本のみ。アルミシャーシを穴あけ加工し、塗装。
工作室に戻る 
2011年6月21日        

21MHzクリスタルコンバータ作成

短波ラジオを改良6月12日と16日、2種類のIC短波ラジオをそれぞれセラフィル発振ユニットに交換したのでつぎは21MHzのSSB信号を聞くことにした。で、このクリスタルコンバータを作成。配線終了から稼動まで半日かかったが、今日もコンディションが開けていて国内の交信をたくさん聞くことができた。こうしたラジオがアマチュア無線を知る機会に使えればいいのに、と思うのだが。
工作室に戻る 
2011年6月16日        

SSB_CW受信強化その2

短波ラジオを改良6月12日のICラジオに続いて、電子工作マガジン第2号で製作した短波ラジオもBFOをセラミックフィルタの発振ユニットに交換した。
やっぱりSSBもCWも快適に受信できる。さらに、セラフィルを2種類使ってUSBとLSB切り替えできるようにした。
工作室に戻る 
2011年6月15日        

タイマー回路の検証

タイマー回路研究組み立てたガイガーカウンタキットは、仲間のT氏に紹介してもらったのだが、6月18日発売の電子工作マガジン(2011夏号)で同キットの組み立て記事が掲載されるとのこと。私のは自己流に付属回路としてタイマーを付加したのだが、タイマー精度を上げるためにNE555の回路検証を開始。
工作室に戻る 
2011年6月12日        

IC短波ラジオの近代化改装

近代化大改装何年か前に製作したIC(LA1600)の短波ラジオ、BFOで電信やSSB信号も聞くことができたが、SSBの復調はBFOバリコンを調整しながらなので、面倒だった。このたび真空管式SSBラジオを製作したのを機に、このラジオもセラミックフィルタで455キロヘルツを発振させることにした。
なんと、調子のよいことか。とても、とても気持ちよくSSBが聞こえる。ワッチだけのときは、省エネの意味も含め、これで十分のような気がする。ハイバンド用のコンバータも作ろうか、という気持ちになってきた。
工作室に戻る 
2011年6月11日        

キャビネット作成

キャビネット作成あのバラック状態のラジオも、木製キャビネットに収めると、音もなんとなくよくなったような? 空冷ファン用金網の中はもちろんスピーカ。回路は電子工作マガジンの作品と同じだが、寸法は小さく体裁も違う雰囲気にしてみた。取っ手をつけたので各部屋の間の持ち歩きは楽チンに。毎朝のラジオ体操もこのラジオとともに行っている。
工作室に戻る 
2011年6月10日        

バラックのラジオ

バラック状態のラジオ今年の1月、工作作品の検証用に組み立てたバラック状態のラジオ。ばらしてしまう前に3月11日の大地震が発生。以来、非常時情報源になり、こんな形のまま余震が来るたびに我が工作室はじめ各部屋の間を行ったりきたりしていた。原稿仕事がひと段落したので、この際、これをキャビネットに収めることに。
工作室に戻る 
2011年6月7日        

ホットスポット?

アルミケース作成完成したキットで「放射線」をカウントするのだが、どうも一般的な数値より多めの数値になる。一桁大きいような? ところが、わが柏市とその周辺が「ホットスポット」とか呼ばれ、放射線数が多い地域らしい・・という、うわさもある。 そのせいなのか? プラスチックケースでは、アルファー、ベータ、ガンマー線を感知するが、アルミケースにすれば、ガンマー線のみ感知するとキットの説明書に記載されている。
そこで、このようなアルミケースを作成して本体を収納した。すると日中の屋外での数値は大幅に減少した。
しかし、まだ、テレビなどの報道に見る数値より多めなのだ。このキットの精度については未確認なのでなんともいえないが、日々ごとの変動は分かる。しばらく数値の変動を見守っていこう。
工作室に戻る 
2011年6月5日        

ガイガーカウンタを作る

ガイカーカウンター解決のめどが混沌としている原発事故、目に見えない放射線への不安を若干でもやわらげてくれるのがガイガーカウンター。キットを入手し組み立て、完成しました。
 いままで気がつかなかった身の回りの放射線の存在があらためてわかってきました。
工作室に戻る 
2011年4月20日        
SSB
ラジオを作る

SSBラジオ普通のラジオではアマチュア無線のSSB信号が聞けない。そこで、真空管を使い、 短波のSSB通信を聞くためラジオを製作。
詳細は、6月18日発売の「電子工作マガジン2011夏号に掲載されます。
工作室に戻る 
2011年3月20日        
計画停電対策
停電対策用LEDライト

LEDスタンド停電対策として明かりを用意。乾電池もなかなか入手できない状況下で、手持ちの電池で使える明かりを用意。
工作室に戻る 
2011年3 月2日        
光回線で
古テレビが生き延びる

光で延命アンテナ設置かケーブルか、ずっと検討ばかりしていた地デジ対策ですが、インターネット回線をADSLから光への変更するのを機にテレビも「ひかり化」しました。古いアナログテレビも2015年までは使えることになり、よく見えていたこの1978年製白黒TVも、とりあえず命びろい。33年前、マイコンのモニターとして購入して以来、鮮明な画面を保っているのはおどろくばかりです。
工作室に戻る 
2011年2 月22日        
昔風無線機
を飾り付け

アンチークリグこれは実用的なものではなくてQSLカード用に過去の作品を組み合わせて撮影したもの。メインシャックを振り返るとこの景色が。
工作室に戻る 
2011年1 月29日        
ラジオが入る
スピーカBOX

キャビネット作り試作をもとに、1トランジスタ、2ダイオード、1ICのラジオの安定動作状態をFIXしたのでスピーカボックスを制作。これが、このラジオのキャビネットになる。寸法どおりに切ったMDF板を木工用ボンドで接着します。
工作室に戻る 
2011年1 月27日        
ダイヤル窓を開ける
木材加工

糸鋸でカットラジオキャビネットの正面板を加工。直径5センチの二つの穴を糸鋸でつないでダイヤル窓を開けています。カットした部分は、ヤスリ、サンドペーパでしあげました。
工作室に戻る 
2011年1 月19日        
春号工作テーマ
研究開始

ラジオ試作3月発売の電子工作マガジンの作品にするラジオ作り開始。ゲルマニウムラジオを各種。屋外にエナメル線でアンテナを15メートルほど張って聴くものの思ったほどの音量が得られない。昔は電灯線アンテナで決まり!だったのだけれど。そこで、ゲルマニウムラジオにトランジスタの高周波増幅を付け、さらにオーディオICでスピーカを鳴らす。10センチのスピーカをつなぐと、これがすこぶる良い音なのだ。もちろんアンテナ不要。このバラックをもとに作品制作を進めることにした。
工作室に戻る 
2011年1 月1日        
「初日の出」
何を祈る?

2011元旦工作室(自宅)のそばで初日の出を拝める近くの道路交差点。細い三日月と明るい星)が輝く中、東の空は薄明るくなっている。
午前6時50分ごろ、金色の光線が放射されてきた。気が付くと、周りに何人か、やはりこの地点で初日の出を迎えるべくカメラを構えた人たち、、、。「あけましておめでとう」の挨拶を交わすすがすがしい元旦の朝。
工作室に戻る 
10年12 月25日        
無線室が焦げ臭い!
無線室のパソコンがストップ

焼けたレギュレータ 無線室でログ管理用のパソコンのスイッチを入れたら、焦げ臭くなってきた。あわてて無線をストップ。画面にはHDDエラーの表示。Windows95の古いPC。くんくん、においをかぎながら問題の場所を探すと、HDDを差し替え使用するための「ラクパック」にいきつく。HDDをはずして内部を見ると、3端子レギュレータが焦げている。
HDDにはりつけた クーリングファンが引っかかって回転せず、負荷電流が増加したためらしい。
HDDはケーブルを差したままケース内にただ置いただけにして、とりあえず回復したけれど、そろそろ、無線室にいながらインターネットに繋がるパソコンが欲しいなあ。
工作室に戻る 
10年12 月10日        
初体験
スカイプで通話

300円のカメラ 12月始めに友人から誘われてスカイプのソフトをPCに設定した。なんとも「良い音」で通話ができる。アマチュア無線のFMよりも快適! つい話しがはずんでしまう。 先日秋葉原で300円で買ったウエブカメラがあったのでUSBに指して、ドライバインストールしたら、映像はなんとか届いているみたいだ。
工作室に戻る 
10年12 月4日        
無線機パネルの移植手術?
合体作業で1台が復活

2台で1台復活 width= 長年愛用してきたFT−747。今年、新たに1台入手して2台になっていたのだが、両方とも不具合が出てきてダウン。1台はCWにするとキャリア出っ放しになり、1台はダイヤル部のロータリーエンコーダが、がたがたで、メータと液晶表示バックライトが共に切れている。
正常に機能しているボディと正常なパネル部を組み合わせるという移植作業で1台が生き返った。
工作室に戻る 
10年12 月3 日        
マイクを空中につるす
アームを作った

シャックのマイク 原稿仕事が一段落し、再び自分用のお楽しみ製作時間がやってきた。復活したクリスタルマイクにはマイクアンプを製作して接続。音声は少し丸みを帯びたような気がする。
そのマイクを目の前にぶら下げるためのアームをアルミの角パイプで使ってみた。振動除去のため輪ゴムでつるしてある。
工作室に戻る 
10年11 月4日        
温度センサーをテスト
アナログかデジタルか?

温度計 温度センサーを使ってみた。アナログ表示(メータの指針の振れで見る)のつもりで、センサーをアルコール温度計と並列に氷やお湯に漬けて目盛りを校正しようと試みているが・・・。
センサーを変えて、温度直読のデジタル表示も検討する。
工作室に戻る 
10年11 月3日        
赤外線カメラ
をテスト

赤外線カメラ 基本は、カメラの信号を無線でとばすビデオトランスミッタなのだが、安価なカメラをテスト。  最初、赤外線LEDの極性を勘違いしていて、動作しないと思ってしまった。この赤外線LEDは足の長い方がマイナスなのだった。
ハンダ付けした6個のLEDを外して逆につなぎなおし、グランドに繋がるピンを全部配線して動作OK。暗闇でも赤外線LEDがレンズの周りに配置されていて暗いところを懐中電灯で照らしているような画像が得られた。さらに別のカメラもテストする予定。
工作室に戻る 
10年10 月26日        
12月の電子工作マガジンに向けて
実験研究モードに

映像電波実験 技能五輪に関連した一連の作業が終わり、12月の電子工作マガジンの作品の試作と実験に入る。まずは、ラジコンカーと映像の組み合わせや、各種センサーの応用などを目標に。
工作室に戻る 
10年10 月24日        
乗用車ではなく
トラックだったが

たまトラック運転席 第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)東京電気自動車が製造した「たま号」には乗用車やトラックがあった。バスにも使われたようだ。昨年、電池入門書の執筆時その存在を知り、興味を引かれ調査したことがあった。現物の写真が入手できず、イラストを入れざるを得なかったクルマだ。原物には始めて会ったのに懐かしい気持ちになって、最終日に自分の仕事が終わった帰り際に、まだそこにあった「たま号」をなでるように運転席のドアを開けて中をのぞき込んだり写真を撮ったりしていたら、出展担当者?の にいさんが近づいてきて「もう終了しています。やめてくださいっ!!!!」と鋭い口調でとがめられた。いままでの自分の「たま号」への想いがさめた気持ちになった。
東京電気自動車はプリンスの前身でその後日産自動車つながっており、今回も日産が同社の最新電気自動のルーツとして展示していたようだ。
工作室に戻る 
10年10 月24日        
見た!
60年前の
電気自動車

使えたM18 22,23日は技能五輪全国大会会場の横浜パシフィコ会場での仕事。来場見学者向けの電気おもちゃ作り教室へのアテンドだ。隣接ブースでは地元高校による電子さいころの製作教室がおこなわれていて、一つ作らせてもらった。メイン会場では、電子機器設計組立、木工、左官、フラワーアレンジメントその他の熱い競技が展開されていた。企業展示の中に、かねてから実物に会いたいと願っていた電気自動車のルーツである「たま号」がいた。たま号の中には、のちにガソリンエンジンに換装されたものもあるようだが、展示車はユーザーがガソリンエンジンに載せ替えたものだった。
工作室に戻る 
10年10 月22日        
使えた!
40年前の
クリスタルマイク

使えたM18 ケースは、水、洗剤で洗い、さびを落とし、エレメント周囲のゴムの代わりに自己融着テープをぐるぐる巻きにして、配線をやりなおし、組み立てたら見栄えもよくなった。そのまま無線機につなぐと、とてもニギヤカな(高域がのびた?)音がでている。でも、ローカル局からはFT2000Dの音ではないようだ、というレポート。無線機内蔵のイコライザで調整できるかもしれない。あるいは、マイクアンプの追加か?
工作室に戻る 
10年10 月20日        
使えるか?
40年前の
クリスタルマイク_3

振動板はきれい エレメント前面の穴あきアルミ板の爪をはずして中の振動板を確認すると、意外に美しい光沢をたもっている。これならばOK?  アンプにつなぐと一応音はでる。そこで、全体をクリーニングして無線に使ってみることにした。
工作室に戻る 
10年10 月20日        
使えるか?
40年前の
クリスタルマイク_2

マイクを修復 マイクは、アイワの「M−18」二つのクリスタルエレメントが上下2段に逆位相になるように接続されている。そのエレメントの周りのゴムは、こんな状態で触ると崩れてしまう。
工作室に戻る 
10年10 月20日        
使えるか?
40年前の
クリスタルマイク

マイクを修復 FT2000Dで交信したローカル局から、「いままでの声と全く違う」というレポートが返ってきた。いままで送信時の自分の音声のことなど考えたことがなかったが、それならば、とマイクを変えてみることにした。といっても、40年前のクリスタルマイクだ。これを掃除してみたら、、。さびとほこり。そしてエレメントを保持するゴムはボロボロと崩れる。音質以前に、音を拾えるかどうか?  ともかくクリーニングすることにした。
工作室に戻る 
10年10 月14日        
追加ディスプレイの主目的は
RFスコープ

2台の表示器 いままでのログ管理用パソコンのディスプレイに加えて、無線機のデータを表示するディスプレイを設置した。以前、安い中古品を買ったのがあったので、それを利用。キーボードも同じで、昔のパソコンの残りものを付けた。でもキーボードのほうは今のところ使う用事はない。
工作室に戻る 
10年10 月13日        
新無線機の設置
DMUを追加する

新無線機設置 無線システムを少し強化。トランシーバを設置した。ねらっていた例の高級機にしようとしたらいつになるかわからないし、車が壊れて新車を買ってしまったし、というわけでFT−2000Dに決定。ただ、外部ディスプレイに各種データを表示するDMU(データマネジメント・ユニット)は増設した。そのインターフェース基板の本体内部への取り付けに少し手こずった。4本の固定ネジのうち一個所がケーブルがじゃまして止められない。で、3個所だけねじどめしてよし、とした。しばらくの間は、マニュアルと首っ引きで使いこなし練習になる。
工作室に戻る 
10年8月30日        
レンタカーで
旅を全う

磐梯山 車が壊れてしまい、レンタカーでなんとか、裏磐梯の猫魔ホテルのチェックイン予定時刻に滑り込む。さんざんな旅の初日。さらに今後の廃車手続き、次の車をどうすると、心配事も加わる。だが2日めの宿も予約してあるし旅はこのまま続けよう。と、しばし心配事を忘れ温泉と夕食のバイキングに専念。その後二日間、夏の磐梯高原周辺の旅を全うしたのだった。
工作室に戻る 
10年8月28日        
旅に出た直後、
高速道でエンジン破壊

別れ2泊3日の磐梯への旅。出発して3時間、福島県郡山に近づいた頃エンジンから「ガラン・ゴロン」と異常音。炎天下の路側帯に待避して2時間。レッカー車でくるまごと最寄り工場へ搬送された。エンジン内部破損で廃車にするしかない。23年間共に走った愛車との突然の、そしてあっけない決別だ。その場で借りたレンタカーに旅の荷物を積み替え、家から遠く離れたこの地で愛車に最後のお別れをしたのだった。 
工作室に戻る 
10年8月27日        
すずめ蜂の巣
蜂の巣 工作室(自宅)の雨戸の戸袋の中に大きな蜂が出入りしているので、のぞき込んだら巨大な蜂の巣。羽音がうなっている。すずめばち噴射スプレーで攻撃。強力噴射だが時間40秒間でスプレーの中味は無くなる。この、40秒間に賭けて戸袋の奧の方にある巣をめがけて噴射。なんとか撃退できた。あとから、蜂や幼虫の大きさに慄然。 
工作室に戻る 
10年8月26日        
複式キーを作ってみた
複式キー自作 ハムフェアで電信用のキーの販売が大盛況だったのを見て、複式キーを自作した。昔、電信を始めた時も自作の複式キーを使っていた。普通のマニピュレータを複式として使うと、あのしなり感が得られない。この自作であの感触は期待どおり再現したが、どうにも、符号がれろれろになってしまう。 エレキーに逆戻りしそうだ。 
工作室に戻る 
10年8月21日        
ハムフェアのおみやげ
ハムフェアおみやげ毎年遊びに出かけるハムフェア。今年は、直前に発表されたアイコムIC-9100やケンウッドTS-590はとくに詳しく拝見した。電信用電鍵の販売がにぎわっていたような気がした。静かなブームなのか? 複式キーを自作してみようかしら。おみやげは、クラブ展示コーナーで求めたこのパッチンコア20個。 
工作室に戻る 
10年8月7日        
手賀沼の花火
手が沼花火本日 、手賀沼花火大会。柏、我孫子、沼南という3会場で競って打ち上げられた。19時の開催までによい見物場を確保するため、16時すぎ、車で会場近くへ。だが警備員、警察官がびっしり道路に並び駐車スペースなし。遠く離れた知り合い宅に置かせてもらい、炎天下を約50分! 歩いて会場へ。
工作室に戻る 
10年7月31日        
ローテータコントローラ壊れる
ぼろぼろ輪ゴムアンテナローテータのコントローラの針が動かなくなった。最近、明け方短波帯でヨーロッパ方面の受信強度をめどにアンテナを回していると、どうも予想外の方角から電波が伝わってくる?? ような感覚だったのだが。苦戦しながらコンとローラを分解するとプーリにかかっていいるゴムベルトがぼろぼろ。スリップしている。周辺にはゴムの破片が飛び散っている。連日無線室は日中35度以上。ゴムベルトは交換したが、分解したコントローラをもとに戻すのにまた大汗をかいてしまった。
工作室に戻る 
10年7月11日        
時計修復なる
時計を修理分解して金属部を洗い、木部は、接着剤と樹皮で修復のうえ、塗装。肝心の時計のムーブメントは手元の別の時計のもと取り替え。指針はハンズで新たに購入。手前にあるのは動かなかった時計本体。
工作室に戻る 
10年7月8日        
記念の時計を修復
時計を修理34年前、昭和51年に勤務先で業績向上貢献賞として賜った置き時計。残念ながら受けとってまもなく動かなくなり、放置してあったのが出てきた。木部もはげ落ち、金属部もくすんでいた。一瞬捨てようと思ったが、過去の栄光を振り返り、復活させることにした。
工作室に戻る 
10年5月20日        
ラジオチューナ付き6AQ5アンプ
アンプキャビネット外観はラジオだが、コンセプトは、チューナ付きスピーカ内蔵アンプ。12AU7と6AQ5のアンプ+6BA6の再生検波。 はじめ、12AX7を使ったら、スピーカの振動でハウリングがとまらない。シャーシを補強し、12AU7に置き換えることで逃れた。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
10年5月11日        
ライントレーサ完成。動作確認OK
ライントレーサ動作テストCDSとTR回路のセンサ部をもとに作品製作。はじめLEDはなかったが、動作を確実にするために点灯させた。動作はこれでOKだ。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
10年4月18日        
ライントレーサ基礎実験開始
ライントレーサいままで年3回発行だった電子工作マガジンが年4回の季刊になるとのこと。そこでそろそろ原稿の準備実験開始。簡易な回路で動作させるライントレーサをめざす。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
10年3月28日        
これも自分用お楽しみ製作6メータDSBトランシーバ
DSBTRX自分自身の遊びのための製作として50メガDSBトランシーバをボード上でテスト製作。回路と基板はJE1AHW内田OMオリジナルで、基板を内田OMからいただいたものだ。製作記事は過去の「ラジオの製作」誌に掲載されている。部屋の中では送受試験成功。これから調整、ケース組み込みを進める。
工作室に戻る 
10年3月4日        
自分用お楽しみ製作_キャパシタメータ
キャパシタメータ50BM8アンプに続き、「TA2020デジタルアンプ」、「TEA2025BアンプおよびHT82V739のミニアンプ」の作品と原稿製作、ページレイアウトを終えたので、自分自身の遊びのための製作として、秋月で購入したキャパシタメータのキットを組立て。ケースのLED窓部分に基のコピーを貼りつけ、コンデンサ端子を別にもうけました。
工作室に戻る 
10年2月11日        
50BM8は直流点火で
50BM8外観完成したアンプは、一見トランスレスのようだが、電源トランスは、シャーシ後部に隠れている。ヒーターは直流点火、交流ハムは皆無。OPTは最安値のものを探してシオヤ無線電機で購入。はじめはNFBなどつけないつもりだったが、完成後F特性測定した結果やっぱりNFBを掛けた。このOPTとしては、まずますのフラットな線が得られました。写真はシャーシの左にあるOPTカバーをはずした状態。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
10年2月9日        
まずは、真空管アンプを50BM8で
desk一つめの真空管アンプは6BM8を使う予定だったが、コストの関係で50BM8に。実体配線図でもわかりやすいように事前に配線をシミュレーション。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
10年1月21日        
再び研究室専従に
desk半年間の思い出多いものつくりキャラバン隊の仕事を終え、もとの工作室室長にもどった。3月発売の電子工作マガジンNO.6の原稿の締め切りが近づいている。作品製作に着手だ。今回はアンプ3種類を予定。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る
2009年11月11日        
雨の真鶴岬(神奈川県)に泊まる
真鶴港ものつくり教室のため2日続きで湯河原の小学校を訪問することになり最寄りの真鶴岬の宿に一泊した。初日の教室が終了した昼過ぎから、雨の真鶴岬を散策。シーズンオフの平日のため、道路も町も閑散としている。おまけに風雨も強い。JR真鶴駅から徒歩で港までの坂道を下っていくと、磯料理、「あじ」(魚の)で売る店「魚伝」が眼に入った。入って昼食。その後まだ時間があるのでバスで岬の先端へ。そこには、まだ原生林があったのにはおどろいた。
宿泊したのは眼下に港を見下ろし、その先に海を見渡す高台の宿。我以外に宿泊客なし。おいしい魚を満喫した仕事の旅だった。
工作室に戻る 
2009年10月11日        
飛行艇に出会う
飛行艇us2沼南ラジオ工作室(自宅)近くに海上自衛隊下総基地がある。11日は、開設50周年記念の公開日。透き通る青空、強い日差しのもと基地所属機や飛来航空機の展示を見学に行く。
この基地に常駐するYS-11Tをはじめとして、哨戒機P-3C、輸送機C-1、各種回転翼機に混ざって、恒例の飛行艇(水陸両用救難飛行艇)も飛来していた。飛行艇は私個人とても興味をもってきたもの。1960年代に開発されて半世紀以上、さらにそれの20年以上の「2式大艇」をルーツにもち、外形もそれに類似している。
今回はいままでここで見たものと塗装も変わり、プロペラの形状が3枚から6枚になっていた。いままで見ていたのはUS-1A。これは、US-2であった。
今回の会場では、アマチュアの自作飛行機の飛行も行われた。飛行機を自作してしまい、そして自ら空に飛び立ってしまう人たちに畏敬の念をいだいたのであった。
工作室に戻る 
2009年10月6日        
明け方に謎の動物出現
おおきな動物図はネズミのように見えるが、これは、私のイメージ表現力が足りないだけで、実際には「いたち」のようであった。
この日の明け方5時ごろのこと。枕元の雨戸の外のバルコニー(洗濯もの干し台)で、「ドタ・ドタ・ドタ」という音がいったり来たりするので目が覚めた。はじめは、カラスでも歩いているのかと思ったが、それにしては音が大きい。隣の無線室の雨戸をあけると、数メートル先の物干ざおの上でなにやら動物がどっちに行こうかというふうに、首をきょろきょろ。脚は、さおから落ちないようにと、ばたつかせている。一瞬、「これは、、、ねこ?」と思う。
と、ばたついている動物がこっちを見た。動物と私の視線がばっちり合ったのだ。双方ともびっくり。こちらは、「あきらかに、猫でも、犬でもない、なにかの動物」を認める。テキは、「人間にみつかった!」と緊張する(したと思う)。
あとは、動物は我が家の別のベランダに飛び移り、そこを行ったり来たり。さらに隣家の窓枠に飛び移り、電線経由で逃げようとして、ツメをがりがりさせている。 あたりが薄明るくなりはじめた頃、ようやく写真を撮ることを思いつく。携帯電話のカメラでおうが、失敗。動物は逃げ去った。で、この絵となった。
近隣の雑木林が一斉に切り開かれたため、そこに棲む動物たちも居場所がなくなっているのだろう。動物は、後に図鑑から「いたち」または「てん」ではなかったかと推測した。
工作室に戻る 

2009年8月23日        
ハムフェア2009
ハムフェアのおみやげ毎年出かけるハムフェア。初日は仕事のため2日目に訪問。クラブブースには電信関係の出展が多いような気がした。アマチュア無線だけに残っているモールス符号通信は、アマチュアならではの特殊技能として独自の発展をしていくのかも知れない。自分も縦振れキーによる送信符号を印字機で調べてもらった。判定は、「けっこう、きれいじゃないか、、、。」 と?恒例のお買い物は、メータ二つと、毎年会場で購入する絶縁テープ。
  メータは帰ってから調べると文字盤の表示と実体が違う。実体に合わせて文字盤を張り替えたり、分流抵抗をつないで、目盛りに合わせるなどの細工をほどこした。
工作室に戻る 

2009年8月20日        
FT−747GX復帰する
747GX復帰7メガ拡張パーティーは、第二装置で参加し、最終日までに70数局との交信だった。ゆったりと、アマチュア無線らしい交信ができる、と考えながらの拡張周波数への参入だったのだが、期間中、交信数を増やそうとすると、結局あわただしい交信になってしまい、反省。肝心の747は、2週間すこし経過したところで修理完了の連絡を受け、今度は大雨の中、修理の窓口まで受取りに出向いた。 説明によると「メインユニットIF回路の接触不良」20年間の経年変化によるハンダ面の劣化によるものとのこと。ハンダの補修のみで解決したので修理工賃のみだったが、「すでに部品の在庫が無くなってきているので、部品交換を要する修理は難しい」、とのコメントも。
その場合は、いよいよ、自分でいじり回さなければならなくなるのだろう。たぶん、この747、自分でCWフィルタ、TXCOユニット、FMユニットなどを基板にハンダ付けして追加拡張したものなので、その部分の自分のハンダ付けが不良だったのかもしれない。
なにはともあれ、一応現場復帰した747GX。今のところは快調に動作している。
工作室に戻る 

2009年7月10日        
FT−747GXがピンチ
FT747GXテストアマチュア無線の7メガ拡張周波数帯では、ゆったりとした交信ができてたいへん具合がよい、と喜んでいたら、無線機のほうが具合が悪くなってきてしまった。電源を入れて、少し時間が経過すると、送受ともできなくなる。受信は感度が極度に低下して、そうなると送信もできない。そのまま放置すると再び復旧することもある。20年前のFT−747GXだから、症状から不良個所を想定しつつ、部品(特にコンデンサ)が劣化してきてこんな症状を呈するのかと推測し、テクニカルマニュアルを見るが手に負えない。
本日、強風の中、同社修理窓口に持ち込んだが、まずは修理可能かどうかの連絡を待つ、という状態。
7月10日から10日間の周波数帯拡張記念のQSOパーティーがはじまったことろなのに。タイミングが悪かった。
工作室に戻る 

2009年7月1日        
レトラジ001の組み立て依頼を受ける
さすがのびやかな音だレトラジ001の組み立てを承った。
一月ほど前に注文受けたレトラジ001のキットを依頼により組み立てた。あらためて、そのスタイル、ストレート式ラジオの、のびやかな音を楽しむ。 。
工作室に戻る 

2009年6月15日        
プリント基板の検証
付録基板の検証原稿用制作が再び忙しくなってきた。同時に2石ラジオの基板検証を行う。工作室はいつもこんな状態になってしまう。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2009年5月25日        
7メガバンド拡大で専用アンテナ設置
4バンド用だが7メガだけに使う3月末からアマチュア無線の7メガバンドに7100〜7200までが追加されている。昨年夏から7メガ用ワイヤーアンテナが切れていたが、仕事のつごうで、ゆっくり無線をすることもなくそのままにしておいたが、これを機にロータリダイポールを付け加えた。クリエイトの730V1は、むかし使っていたが、改めて新規に7メガ用として設置した。エレメント先を数センチ切り詰め、周波数帯も7100以上に調整した。
4月以降、今のところゆったりとした7メガでの国内QSOが楽しめているのだが、、。いずれこのあたりも混雑してくるのか?
工作室に戻る 

2009年5月25日        
クレーム対策でレトラジR2のヒータを直流点火に
ヒータをDC点火にレトラジR2のユーザーから、ノイズのクレームが来た。音が無音になるとジーというノイズが耳につくとのこと。R2AMステレオラジオでアンプ部分が真空管なのだが、スピーカが独自構造で音に重点をおいている。
手元の検証機でヒータを直流点火にすることで完全に除去できることを確認したので現物を送付してもらうべく依頼した。シャーシが届くのを待って修理することとした。
工作室に戻る 

2009年5月19日        
再生調整ができない
レトラジのMVC朝、妻を病院につれて行くため車に乗りかけたら、携帯電話がなった。販売店様から、「レトラジの購入者が正式サイトへメールで質問してたのに1ヶ月以上なしのつぶてだ」という問い合わせが来ているとのこと。 「そんなはずはないのだが、、、?」と思いつつも、連絡先を承る。
帰宅後、販売店様から聞いたメールへ連絡。ここから故障修理のキャッチボールの日々が始まった。各部の電圧値、CRの数値、再生用バリコンのピン、配線、再生調整についてなど、と。
最終的に2連バリコンの羽根が回転によって接触していた。羽根のそりを修正することで問題解決したとの連絡をお客さまから受け、部品の不良であることをお詫びした。
このところ、妻病院通い、父入院などのごたごた続きでやや疲労ぎみ。
工作室に戻る 

2009年5月12日        
原稿作品用プリント基板起こし
プリント基板作りそろそろ次の電子工作マガジンの仕込みのためプリント基板を作ることになる。回路をユニバーサル基板で組んで内容を仕上げていくが、最終段階でそれをプリントパターンとして起こすことにする。簡単なラジオなのだが、普段はプリント基板は使っていない。まずは5、6枚試作することにして制作したパターンをフィルムにプリント。蛍光灯を使って焼き付けから開始だが、始めた時刻そのものが夜中だったので、エッチング完成まで持ち込むのに徹夜状態になってしまった。でも、このラジオ、車にのせて千葉県内を走りながら聴くが、トランジスタ2石レフレックスながら本当に良く聞こえるので感心する。少し大きめのケースに入れたら愛着がわいてきた。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2009年4月5日        
桜とともに町にSLがやってきた
小さいが蒸気で走る桜のまつりとともに、桜並木の中にミニSL用線路が敷設された。
先週から開花している桜がまだ散らず今週を迎えた。
近所の六高台の桜祭り。朝からSLの汽笛の音が。花見にくりだすと車両通行止めになった広い桜並木の中を走るミニSL発見。道路中央の緑地をはさんで100メートル以上のループになったレール、信号や踏切の遮断器も完備している。幼児達を乗せて元気に走っていた。
実際に小さな石炭を炊いて蒸気を発生して走るこのミニSL、本物と同じ動作。しばし見とれていた。
工作室に戻る 

2009年3月27日        
上野の山の遺跡
国会議事堂を模した仕事で都内に出ての帰り。秋葉原から歩いて不忍池(しのばずのいけ)へ。中央の弁天堂で桜を見ながらお茶とおでんを食す。しかし残念ながらあまり旨くなし。その足上野公園へ。ここも桜が満開でどこも宴会の場所取りグループが。その結果、排除された青テントの人たち向けのサポートも行われていた。そんな公園内をぶらぶらしていたら、京成電鉄の元の博物館動物園駅の入り口に行き当たる。
 この地下駅は既に廃止されているが、入口の外観は国会議事堂を模したと思われる造りのまま健在だ。まわりをぐるぐる巡って観察し、30数年前のことを思い出した。
この地下駅がまだ使われていた当時、階段を地下に降りていくと、すすけた壁に裸電球がぽつんとともる薄暗いホーム。地上とは別の世界が広がっていたものだった。
工作室に戻る 

2009年3月15日        
懸案のラジオ試作R5?となるか?
上がR5試作構想だけで手が着かなかったR5を試作した。R4もまだできていないのに、、、なのだが。
真空管ラジオキットのふるさとを自称する我が工作室。世の中に出たレトラジは1と2と3の3機種だけなのだけれど、登場できないたくさんのレトラジもある。原稿仕事が少し手を放れたので懸案の作品の試作をした。中身は簡単な3球スーパーなのだが。レトラジの雰囲気を持たせるためにキャビネットを各種手作りした。下は製品化されたR3を試作した時のもの。上がこんど作ったR5?の候補だが。
工作室に戻る 

2009年3月10日        
電池企画を振り返る3
木工や板金工事だ版元から編集後記作成の指令あり、それを記す。発行は近いのか? それにしても、この企画は、モノ作り、実験、撮影、といろんな作業がつきまとう。沼南ラジオ「工作室」と自称するくらいだから、ある時は木工、金工、木くず金属くずの舞う中での原稿仕事になるのだ。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2009年3月9日        
電池企画を振り返る2
太陽電池利用電源企画の一つとして製作執筆した太陽電池利用パーソナル電源だ。
太陽電池、シールバッテリ、充電器を組み合わせてアウトドアでAC電源の電気器具を使うという趣向。太陽の日差しがこれからつよまってくることを期待しつつ、部屋の窓を開けて、身の回りの適当な器具と太陽電池をくみあわせた。
白黒テレビ、真空管ラジオ、アンプ、無線機、扇風機など動作を確認。春の日差しでも大丈夫。真夏のアウトドアが待ち遠しい。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2009年3月9日        
電池企画を振り返る1
電池を作る大きな山を越したと思ったのは「入門企画の電池工作」。だったのだが、発行日はまだ先。しかしこの仕事、長く時間を掛けすぎてしまった。電池の歴史、原理、電池と社会のつながりを探りながら、電池関連の工作をしていくもの。だから電池そのものの製作実験も含むのだ。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2009年2月9日        
秋葉原駅の裏表
秋葉原デパート跡ようやく一息つき、年末も手つかずだった工作室の大掃除にとりかかれそうになってきた。同時に秋葉原駅、電気街口が様変わりしていることにあらためて思い至った。秋葉原デパートが閉店になり改修の続いている駅前、従来はラジオ会館側が表側だったのが、現在は完全に裏口の風情。改修工事のテントや鉄囲いも、そんな雰囲気をさらに高めている。JR切符販売機も新しい街側に移動している。駅そばの店、デパート前で人だかりの出来ていた、各種の路上実演販売のあのにぎやかさも、古い秋葉原のものになってしまうのだろうか。
工作室に戻る 

2009年1月31日        
怒濤の1月だった!
これ安いがインクは高い正月のニューイヤーパーティーも2,3時間の22局のみで切り上げ。以来、毎日毎日早朝から深夜まで工作室転じて編集室にこもりきりのひと月だった。そんな中で、プリンタが突然動かなくなる。あわてて近所の量販店に買いに行った。8500円だった。安い。安すぎる。でも、安いことはいいことだ、と、ともかく買って来て使いまくる。ところがインクがすぐ無くなる。しかたなくまた同じ店に車を飛ばして買いに行く。高い!インクを3回買えば確実にプリンタが1台の金額だ。とはいえ、ともかくゴールは見えてきた。
工作室に戻る  電子工作マガジンのページを見る

2008年12月31日        
新企画取組みでモー大変!
09年は丑年です「電子工作マガジン」の第3号は3月に発売とのことで 編集部からのハッパがかかっている。ノンビリした年越しはできそうにもない今日このごろ。ところが、現在、もう一つの企画も超繁忙。で、この日記もぜんぜん手つかずで年を越してしまいそうなのでこれを記しているところ。昨晩までの原稿のおい込みで少しメドがたったので、今日の大晦日は原稿のお仕事をお休み。大掃除、買い出し、と今月始めてのアマチュア無線。年明けのニューイヤーパーティー以後はまた激動の原稿仕事が始まるのだ。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2008年11月16日        
電子工作マガジン第2号が出る
電子工作マガジン2号電子工作本入門誌として電波新聞社から発刊されていた「電子工作マガジン」の第2号が11月19日に発売になるとのこと。1号から沼南ラジオ工作室からの作品も掲載していただいているが、電子工作を通して科学する眼をはぐくみ、物作りの楽しさを知ってもらうためのマガジンとして浸透していってほしい。
工作室に戻る  電子工作マガジンを見る

2008年10月16日        
レトラジ001のST管化
ST管シャーシ改造レトラジ001のST管タイプは今でも問い合わせが多いのだが、真空管そのものをまとめて用意することができず限定販売で終わってしまった。GT管タイプもやったが、これも真空管の価格が高く、現在はMT管タイプのみを販売している。「手持ちのST管があるからレトラジ001をST管化できないか?」との問い合わを受け、特別バージョンのシャーシを作成した。
シャーシはMT管用のソケットの穴にしてあるので使えない。そこで市販の汎用シャーシにレトラジ専用の穴を追加したり電源トランス穴拡大したりして作成。ついでにグリッドキャップも真ちゅうで特別製作(製作というほどのものでもないが)。ユーザーさん手持ちのST管とシールドケースのレトラジ001ST改造タイプができた。ユーザーさんから、「音がとても良い」とのコメントをいただいた。大型キャビネット、6インチ半のSP、ストレート検波方式なので、音はのびやかなのだ。
工作室に戻る 

2008年8月24日        
秋葉原で 電子工作教室
LEDランプひと月前、年寄りの行く場所ではなくなってしまったと書いた秋葉原ラジオ会館だが、その8階の広い会議室。ここで電子工作マガジンの夏休み電子工作教室が開かれた。テーマはLEDランプとSP付きICアンプの2題。暗くなると点滅開始するLEDランプの製作の指導を担当。小学生から年輩の方まで幅広い参加者ながら主流は小中学生。電子工作をするだけではなく、電子街としての秋葉原を知っていただこうというのも主旨。
昨日のハムフェア会場にも電子工作教室があり子供達が大きな(手に対して)ハンダゴテを使っていた。今日もはじめてのハンダ付けに熱中。半世紀前の自分に重なった。こうした場を機会にしてエレクトロニクス分野に興味を持つ子供達が増えていくことを願っている。
工作室に戻る 

2008年8月22日        
BCLの巨星山田耕嗣氏逝く
BCLラジオ昨日、知人から山田さんが亡くなった! という電話を受けた。今日(22日)は木更津で行われた通夜の席に出たが雑誌編集者時代の旧知の海外放送局の元アナウンサー、執筆者、編集関係者が主に集われた。通夜の席では前日台湾国際放送で流されたその訃報をつげる放送も流された。山田耕嗣氏はBCLを子供達まで広げた教祖的な存在であった。現在でも雑音の少ない地として木更津に移住されて、世界の放送を受信されてBCL活動を続けられていた。私自身は1970年代雑誌編集者としてBCLページ執筆者の山田氏と出会って依頼、30数年のおつきあいだったが、最近は年1回夏のハムフェアの会場(主に日本短波クラブのブースにて)で顔を見かけ声をかけ合う程度になっていた。電波の世界ではアマチュア無線一辺倒だった私の眼をBCL(放送受信)にも向けさせたのも山田さんだった。
当時、夜8時過ぎになるとスカイセンサー5800をもって会社のそばの喫茶店「セザンヌ」の2階(木造なので受信しやすい)でドイチェベレのオープニングシグナル開始を待ったこと、いつも変わらぬあの親しげな笑顔が懐かしく思い出される。
享年67。まだまだ活躍していただきたかった。
工作室に戻る 

2008年7月24日        
カセットプレーヤ買ってみた
カセットプレーヤ秋葉原ラジオ会館4階の若松通商でアンプ実演用に使っていたカセットプレーヤに目を引かれた。末広町交差点の本店で販売しているとのことで、そこまで行き購入。2950円だったが、なんとDCアダプタ(13V3A)もおまけについている。パッケージには「ハイパワー60W」、「10CHグラフィックイコライザ」などの特徴が唱われている。 帰ってきて内部を見るとカセットメカの回りにIC、CRぎっしりの基板が。この価格で「部品ぎっしり」というところがイイ! なんだか得したような気分? になるのだ。
ここで、そういえばカセット付きCDカーステ(4月10日記載)が目の前にあることに気づいた。あのときDCアダプタが壊れてそのままだったのだ。電源さえあればよかったのだ! とりあえずこのDCアダプタを使いそっちを復活。カセットプレーヤを使うのはあとからのお楽しみとした。
それにしても秋葉原ラジオ会館・・・。中はどうなっちゃたんだろう。年寄りが歩ける場所ではなくなった。
工作室に戻る 

2008年6月29日        
部品ホルダをまとめて製作
部品ホルダ ユニバーサル基板やプリント基板での製作時や細かい部品どおしの半田付けのときにクリップ式の部品ホルダを使っているが、こんど電子工作教室に参加するにあたって、まとまった数のものが必要になった。安いのでも1個800円位だった。そこで簡単ななものを自作した。アルミの洗濯ばさみは1個30円、木片はありあわせのものなのを使った。簡単なものだが実に快適。精神衛生上もよい。
 
工作室に戻る 

2008年5月27日        
高知の思い出  

siokatsuo 高知に行って来た。自転車と市電で市内をめぐり、市電の運転手さんともお話しできた。食はかつをのたたきを重点的に研究?していたらこの地の知人Sさんから、かつをには「塩」もあると教えられた。帰りの日にその「塩」にめぐりあえた。旨し。そして安し。
 
工作室に戻る 

2008年4月10日        
簡易なオーディオ  

carste もらって来たカーステレオを卓上用に化粧なおし。スピーカは100円のもの。エンクロージャはコイズミ無線で購入。電源に小型のACアダプタを使ってCDを気持ちよく聞いていたら負荷がおもすぎたのか1時間ほどしたらACアダプタが壊れた。1A以上の電源が必要のようだ。
 
工作室に戻る 

2008年3月27日        
SWL/BCLラジオ  

swlrx レトロなラジオの通信機版として1V1風のラジオを製作した。ICとトランジスタで高周波増幅、第二局発(BFO)付きスーパー。電信、SSBも受信可能だ。新潟の旅先でビニール線をつないで7メガのSWL。聞こえる時は実に良く聞こえるが時間によるコンディションの変化がよく分かる。受信に徹底するのもまた良い。
 
工作室に戻る 

2008年2月24日        
ラジオ工作の日々

key 真空管ラジオに集中して、新年のQSOパーティー以外、無線からしばらく遠ざかっていた。今日こそ、と思って朝7時ごろ7メガ帯を覗いてみたら、F6・・・など、ヨーロッパ方面も良く聞こえていることが分かった。といって、こちらの電波が飛ぶかどうかは不明。というか・・・、あのパイルの中に飛び込んでいく気力と実力に自信なく、30分ほどワッチしたのみだ。もし無線三昧に浸りたいなら、しばらくの間は受信練習しないとだめと悟る。
 
工作室に戻る 

2008年2月14日        
南房総の思いで

開いたポピー ひょろひょろした茎の先に楕円形つぼみがついたポピー、花瓶にさしておいたら、ひとつひとつ、つぼみが割れ、花が現れてきた。はじめはちり紙のかたまりみたいなものがしだいに大きく開いていく。赤、黄、ピンク、白、オレンジと。つぼみが開くまで色がわからないのでこんどはどんな色?と楽しみになる。 今、沼南工作室は、花の香りで満ちている。  
工作室に戻る 

2008年2月11日        
南房総は花いっぱい

海と花畑 花を摘み、うまいものを食べて!と期待して出かけた南房総。連休の真中だったので、ネットで見た「美味しい店」店内はどこも待ち続けるお客さんで超満員。それでも、と思い、そのひとつで2、30分ねばってみたけれど、小型トラックで魚が運ばれているのを見て、あきらめた。でも花はいっぱい手に入れることができた。海沿いのお花畑は暖冬のおかげか普通はつぼみの状態のきんせんかも完全満開。ポピーはつぼみの状態で買うことを始めて知ったしだい。
夕方、渋滞の帰り道に見つけた「新鮮とれたての回転鮨」。ここならば?、と入ってみたものの、店は開店しているのに鮨皿のコンベアは回転していない。店員がテーブルの間を歩き回って注文とってるが、ほとんどが品切れ。お茶も、いま沸かしているところで、、、、。と。深夜近くに帰りついた自宅近くでラーメン食べた。
 
工作室に戻る 

2008年1月26日        
やっぱり・・

切り払われた枝 年末のゴルフは案の定、ブービーメーカーだった。年があけてひと月。はやい。今年は冬の感覚があまりない。寒さが厳しくないだけありがたい。ことしは沼南工作室の整備強化とラジオ工作と無線三昧の日々に入る。ところで秋葉原中央通りのイチョウ、出勤時に見たら枯れ枝を切り払われていてすっきりした。春の準備か。
 
工作室に戻る 

2007年12月27日        
どうせ・・
ブービーメーカ

だけど、直前練習 やめたつもりだったゴルフを、やむを得ずやるはめになり、工作室2階で発泡スチロールの球を打っていたけれど、一度くらいは本当の球で練習しなければ、、と思って夕方、ゴルフ練習場へ。以前は数10分待たなければならないこともあった気がするが、ほとんど客がなくあいていた。カラ降りや、とんでもない方向に球を飛ばすのを人にみられないのでよかったが、現場ではどうなることやら。
 
工作室に戻る 

2007年12月22日        
秋葉原のイチョウ
枯れ落ちて、冬本番

枯れたイチョウ ひととき鮮やかに中央通りを彩っていたイチョウ、次第に葉を落としていき、12月下旬にはほぼ丸はだかに。店先の歩道一面の落ち葉をほうきではき寄せる人達の姿をみながら、出勤。眺める方はいいのだけれど、毎朝会社の前の歩道を掃き清める人達は大変。舗装もない昔は、こうした落ち葉がつもり、また土に帰っていったのだろうけれど。
 
工作室に戻る 

2007年12月8日        
色づいた秋葉のイチョウ
歩道も黄色い絨毯に

色づいた秋葉のイチョウ 12月上旬になって秋葉原の街のイチョウは一斉に色づいてきました。街全体も年末の雰囲気がただようころに。歩道も黄色の落ち葉が敷き詰められ、ときおり木枯しにハラハラと舞う風景も見られます。
 
工作室に戻る 

2007年11月30日        
秋葉原の紅葉狩り?
毎年のことながら、1年が過ぎるのは速いなあ、と感じる時期に。先週末、房総半島中央部、亀山湖周辺を周ったみると全国でも紅葉が遅い地域ながら山々がわずかに色づきはじめていました。
今朝、出勤時、地下鉄から秋葉原中央通りに出るとイチョウの鮮やかな黄色が眼にとまり、あらためて通り沿いのイチョウを見直してみたところ、それ以外はまだ緑色が勝っている状態。街全体が色づくのはいつごろか楽しみ。
工作室に戻る 

2007年11月18日        
アフリカの民族楽器
「カリンバ」

karinba これはタンザニアの民族楽器「カリンバ」。両手でおさえて指で金属片をはじくとポロン、カリンという音を聞くと、アフリカ大地の雰囲気が満ちてくる。基部に巻きつけてあるブリキの小さな輪が微妙な響きを奏でるためのしかけのようなのだ。昨日松戸で会ったK氏と話ている時、民族楽器の話からもらった。家に持ち返ると女房子供とも、なに?これ?と面白がって奏でている。
 
工作室に戻る 

2007年11月14日        
「M」君の不思議な体験話
昨日の続きだが、東京駅地下街で「M」君とあれこれと話しているうちに「M」が、「じつは先月不思議な体験をした」という。
Mによるとそれは、こんな話だった。
ちょうど1ヶ月前の上京時のこと・・・。
その日、新宿で、かつての仕事仲間との会合を終えた「M」は、帰宅のため新宿駅から東京行きのJR中央線快速電車に乗った。たまたま同じ方向に帰る一人の仲間(仮にY氏とさせていただく)もいっしょだったが、Y氏は御茶ノ水で「じゃあまた来月・・・」、と挨拶し下車。
一人になった「M」を乗せて電車は走りだした。御茶ノ水駅でY氏が下車する前から若干の尿意を覚えていた(らしい)彼(「M」)は電車が次の駅、神田に滑り込み、停止したとき「ここでトイレに行っておこうか」というつもりで下車した。
ところが、、、、、「M」が電車を下りると、、、そこは、「御茶ノ水駅」だった、というのだ。
たった今、仲間のY氏は御茶ノ水で挨拶して下車し、たしかに電車は御茶ノ水を発車した、、、。そして次の神田駅で停車した。神田駅のつもりで下車したら、そこは御茶ノ水駅であった。と「M」は言う。
私が、「Y氏が下車したのは御茶ノ水のひとつ前の四谷だったんじゃないか?」とたずねても、「絶対ちがう。」と、「M」。 これを聞いた私は、一瞬、映画「明日の記憶」の1場面を思い浮かべてしまった。ついに「M」も・・、ひょっとすると・・?と。
でもそうでもなかったようです。さらに話を聞いて思い当たりました。これを見たみなさんは、どう考えるでしょうか?
工作室に戻る 

2007年11月13日        
学友M君と会った
月に1度くらい、湘南(沼南ではなく)方面から都内に出てくる高校時代からの友人「M」。今日はひさしぶりということで夜、東海道線で帰宅する前の彼と東京駅地下街で待ち合わせて会った。とれたてのブロッコリーを見せてくれた。緑の部分が少し白っぽいのが美味しいと。それは自家製ではなかったが畑に自前でも栽培しているとのこと。たしかに、摘み取ったばかりの野菜はうまい。土地持ちはうらやましい。
私は、昔撮りだめた写真ネガを整理しつつまとめはじめた、同一地点でみた昭和40年代の秋葉原と現代の秋葉原の街の写真ファイルを見せて自慢した。
工作室に戻る 

2007年11月4日        
駐車場での不愉快
今日も、入院中の息子にものを届けに車で都内の病院に行った。帰りに近所のショッピングセンターに寄る。地下駐車場に入り、場内を駐車場所を探しながら低速で走行していると、後ろから大きな車が速度を上げて迫ってきたが駐車スペースがあったので停止し、その場所めがけて後退し始めたら、その車がぴったり後ろについていて、クラクションを鳴らす。やむを得ず、後退をあきらめ、前進して道を譲った。その車、なにやってんだ!とばかりに猛スピードで横をすり抜け、出口に向かっていった。
バカモノ!と叫びたいが、時すでに遅し。乗っていたのは若い女。「ばかもの!」とあとから怒鳴ったが、気持ちは収まらない。気分の悪い出来事だった。
工作室に戻る 

2007年11月3日        
その心配なかった
入院している息子の面会のため都内の病院に。工作室(自宅)から約1時間と見ていたが、祭日昼過ぎのためか道はすいていた。外来がないため院内は静かだったが、病室から屋上にでてベンチで話す。日差しが強く暑いくらい。
ここは某医科大学の付属病院で東京周辺にいくつもあるが、通院していたK市内の同系列病院で、「手術スケジュールがいっぱい」とのことで紹介されて来た。あとからインターネットで見ると、世間で話題になった医療事故に関する話題などが掲載されていて不安になっていたのだが・・・、手術も終わり、その心配はなさそうだ。
工作室に戻る 

2007年10月28日        
航空祭にてYS−11に対面
ys11 沼南ラジオ工作室(自宅)から自転車で15分くらいのところに海上自衛隊の下総航空基地がある。28日(土)はその一般公開日だった。各種用事があったため、自転車で基地へ向ったの午後2時ごろ。途中見学の帰りの人達(レシーバとカメラの姿からそれと分かる)とすれちがいながらゲートに2時半前に到着。基地内を延々と歩いてたどり着いた滑走路前の展示エプロンは、もう閑散としていた。 昨年は公開がなかったと記憶するが、それ以前よりも展示飛行機の機種はずっと少なかった。 そのなかで眼に入ったのがYS−11。つい先日、日本の旅客機から引退したニュースはさびしったが、戦後日本が誕生させた初の輸送機、ここではまだ6機が現役で活躍しているようでうれしかった。  
工作室に戻る