しょうなんラジオ工作室の研究日誌=2021(令和3年)=


 
2021年9月3日(金)= デジタルマルチメータで校正表作成 少しだけ精度上がる=      


”マルチメータで校正中”
9月に入ったらとたんに秋雨の雰囲気。涼しいくらい。あの暑さが懐かしい。RFプローブと組み合わせた小さいデジタル表示テスタだと、1mV以下の電圧が読めないことが分かった。そこで、0.1mVの分解能があるというデジタルマルチメータを購入。通販で昨日着。

RFプローブをつなぎ、AC電圧計と並列にしてオシレータ出力を変化させながら校正表を作成、これで少し楽に入力、出力の変化を同時に観測できるようになりそうです。  


 
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2021年8月27日(金)= RFプローブを作り、校正 =      


”RFプローブの校正中”
気温は34度を超え、さらにコロナ。外出できない。秋葉原にも行けない。

先日、中波のゲルマラジオのダイオード特性や検波出力を比較するのに古いボルトメータの測定棒をあっちにつけたりこっちにつけたり、めんどうだったので、その手間を省くことができるように、ゲルマニウムダイオード2本を使う簡単なRFプローブを製作。

リード線が断線してしまい使っていなかった電圧計の測定棒の中に封入し、古いACボルトメータの針とデジタルテスタの表示を比較しながら校正中。  


 
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2021年8月24日(火)= 外食はならず・・・。自作のラアメン =      


”即席ラーメンを作る”
ゲルマニウムラジオを素材にした実験や測定をして一ヶ月。はまりこんだら終わりは見えなくなっているけれど、ひと段落つけ、即席ラーメンに各種パーツをトッピングした、”ラアメン”を作り、食する。

千葉県もコロナの緊急事態宣言が発出され、我が柏市も感染者急増。研究室(自宅)に籠もりきりの日々が続き、お馴染みの回転寿司やラーメン屋さんにも、ほぼ1年行っていないので・・・。

歩いていける近所のスーパーで買ってきた焼き豚、メンマたっぷり投入! ついでにネギもどっさり。でもやはり懐かしいラーメン屋さんの味とはちがう。  


 
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2021年7月31日(土)= BNCコネクタにしてもう一仕事=テストオシレータ再登場 =      


”テストオシレータ再登場”
日誌の空白を埋め戻すため、相かわらずの後付け日誌にです。7月16日付けの日誌の写真にもそれが見えているが、ゲルマニウムラジオに関連する執筆のため、あれこれ工作をする中で必要が生じ、テストオシレータを改造。といっても出力端子のバナナジャック部をBNCコネクタに付け替えるだけだけれど。

 同軸の先にはコイルを付けてゲルマラジオのアンテナコイルに結合していろいろなことをやろうとしている。


 
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2021年7月23日(金)= 送信機のプレート電流がふわふわに? =      


”ふらつく送信機の後ろで、、”
後付の日誌ということで時間は遡りますが、6月のある日、自作7メガ送信機でCWオンエアしようとしたら・・・。キーダウンすると、プレート電流計の針が「ふわーん、ふわーん」と波打つ。もちろん出力もそれに従って波打っている。

その2、3日前に運用したときまではそんなこと無かったのだが? ファイナルのバイアス電圧? 、電源部? ひさしぶりに箱から引き出してチェック。電源の整流ダイオードを交換したり、ドライブ段の球を取り替えてみたりしたものの関係なし。ファイナル部で異常発振しているのかも? スクリーングリッドの電圧もふわふわしているので、プレート側と切り離してドライブ段に加えている低圧に切り換えた。さらにグリッド入力部の配線をいじったり、中和コンデンサ(VC)を調整。

こんな風に2日かかって手を加えた結果、症状は消えたものの、原因は何だったのか。やはり中和回路? SG電源をプレートから切り離したので、AMは今のところプレート変調になってしまっているが、電信運用には関係なし。 

写真は左が初日、右が一応、翌日動作が正常に戻ったところ。同じような絵柄ながら、背景の一部に変化あり。 送信機トラブルに手を焼く一方で受信機のダイヤルエスカッションの塗装をし直してある。


 
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2021年7月16日(金)= ひさしぶりの「ラジオ工作室」の気分=      


”久利ぶりのラジオ工作室”
 昨日の昼間、かみなりがゴロゴロ鳴っていたとおもったら、関東は梅雨が明けたとのニュース。 夕方のウオーキングの時、今年初の蝉の声を聞いた。

 いよいよ夏。気分を一新。しばらくぶりに、本来の「しょうなんラジオ工作室」の気分で、ラジオ工作。定番のゲルマニウムラジオ再び。先日、JA1IPS局から綺麗なループアンテナつき鉱石(ゲルマ)ラジオの写真が送られてきたことをを思い出しながら・・・。

 倍電圧検波と普通の検波、比較しながら作ったゲルマニウムラジオ、7メガ用のワイヤダイポールの片側をアンテナとしても、それほど大きな音には聞こえないのは、耳が遠くなってきたからか? 

いや、昔ながらのロッシェル塩型のクリスタル・イヤホンの能率が高かったのだ、と思うことにした。これはセラミック型。

RF増幅を付けると、アンテナ無しでなんとか聞こえる。 さらに外部のICアンプに繋ぐとスピーカから大きな音に。今まで何回も同じことを繰り返しやってきたのだが、なんだかこころが和む。


 
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2021年7月12日(月)= 懐かしのフィルムカメラ、その後のこと=★5=     


”その他の写真冬から春にかけて”
 フィルムスキャナといっても、手もとにあるのは光源とデジカメを組み合わせただけのものと言って良い。ネガを反転したデータは直接PCに取り込むのではなく、内蔵のSDカードに記録される。フィルム以外に紙焼きの写真も”撮影”できる点で用途は少し広がる。

 正月に最初の撮影したあと、あれこれ、パチリ、パチリしながら3月ごろに24枚を撮り終えたのだが、コロナで”ステイホーム。そのフィルムを「現像」に出したのは5月中旬。そして現像フィルムを手にしたのは5月末。

 昨年11月、50年前に使っていた懐かしいカメラが手もとに戻り、フィルム撮影を決意してから半年の時が過ぎていた。

デジカメばかり使っていて、古いカメラの操作など忘れてしまい、うっかりピント合わせもせずにシャッターを切ったり、絞り、シャッター速度の設定をしなかったりの失敗も時々。

ということで、思いでのフィルムカメラ研究、これにて終了となりました。  


 
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2021年7月12日(月)= 懐かしのフィルムカメラ、その後のこと=★4=     


”フィルムスキャナ”
 フィルムカメラで撮影してみようと思い立ったのは、もちろん、懐かしいカメラをもう一度復活させたいという気持があったからだけれど、もうひとつ、

 ”フィルムスキャナ ”があったから、という理由もある。

 昨年、昔の雑誌の思いでを執筆する時に、たくさん残っているネガフィルムからデータを取り出すために入手したのだが、その後使う機会もないまま押入にしまっていた。

フィルムカメラで撮影すると、街のどこにもあるDPE屋さんに持っていけば現像、プリントしていただける、という時代ではない。カメラ専門店に持ち込み、DVD、CDカードのデータとしてもらうことが多いらしい。 撮影済みフィルムを”コイデカメラ”の出先に持参したときも、どうするか問われたけれど、現像のみでお願いしたのだった。  


 
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2021年7月12日(月)= 懐かしのフィルムカメラ、その後のこと=★3=     


”フィルムアルバムPENTAX”
  フィルムを入手するのも大変だった。ネットで購入できるのだが、ネットの買い物は電子部品だけ。小出カメラで売っていることは確認したのだが、外出する機会がない。電車で行かなければ、ならない。年末にようやく入手。

 正月、初詣と散歩を兼ねて地元の神社「神明社」へ。

コロナで戒厳状態の中で初詣。左は散歩途中のお寺。ひっそりとしていた。 

古い銀塩PENTAXを首からぶらさげて社内を移動していると、カメラ愛好家と思われる人から、「オッ! 同好の士」と見られたのか声を掛けられたのだが「ライカが、コンタックスが、、」との話題に合わせていけず、失礼してしまった。 


 
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2021年7月12日(月)= 懐かしのフィルムカメラ、その後のこと=★2=     


”2台のPENTAX”
 懐かしいカメラを手にして、一度フィルムを装填して撮影したいと思い立ったものの、その「CANON」、なにやらシャッター音がおかしい。”パシャッ!” という勢いがなく、”カチャ”で、おとなしい。ケースをはずしてシャッター膜の動きを見ると、横に少し動くだけで開いていない。むりやり巻き取ろうとすると張り付いてしまっている。

残念ながら使えないのだった。フィルムカメラに一瞬高揚したこの気持をどこに持っていくか? 思いついたのが手元にあったフィルムカメラ「PENTAX」(スポットマチック)。ミラーが動かなくなっていて、捨てるつもりだったもの。「どうせ捨てるんだから分解してもかまわない」と、分解。レンズの穴から指を突っ込んでミラーをむりやり動かしたり、外した底板から556を吹きかけたりしたら、なんと、動くようになった。

 もう1台のPENTAXは、近所の「××オフ」の店で1200円で売っていたもの。勢いにのって買ってきた。シャッターは、まともなようだが、ファインダーを覗くと黒い筋が入っている。

あちこち探して、FUJICOLOR 24枚撮りフィルムを入手。最初の撮影はこの正月からだった。なおフィルムを装填したのはムリヤリ修理? をした、本来から自分のものだった方。


 
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2021年7月12日(月)= 懐かしのフィルムカメラ、その後のこと=★1=     


”懐かしのカメラその後”★その1
工作室日誌の更新が3ヶ月以上途絶えてるので「何か悪いことでもあったんじゃないか? 」と幼友達から便りが届きました。

   コロナワクチン騒ぎに加えて各種用事が重なって、本来のしょうなんラジオ工作室の業務? が疎かになってしまっていますが、遅ればせながら後付日誌を記していくことにします。


  まずは、昨年の11月8日に記した、50年ぶりに手もとに戻った雑誌編集者時代のフィルムカメラのその後のことです。このカメラ、シャッター膜が張り付いていて、まともにシャッターを切ることができなかったのでした・・・・。


 
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2021年3月24日(水)= 燃料電池式電気自動車がそこにいた  =     


”桜通りで見たMIRAImirai”
水素で走る自動車が、そこにいました。桜の開花状態を見るつもりであしを向けた桜通り。たまに通るだけだったからかもしれませんが、その中程にある水素ステーションは、閑散としていて、人影なく、もちろん車が止まっているのを眼にしたことが無かったのですが、今日はいました。燃料電池自動車 =MIRAI= が。

 かつて、 「電池活用工作ブック」という本を書いた時に、究極のEV車として記したのは12年前のことで、研究開発段階の頃でした。

珍しいので、見ていると水素注入は数分で終わりました。充電式のEV車ではそんな短時間ではすまないのだろうな、などと思って、注入終え、走り去るMIRAIの後姿をを眺めていました。

気が付くと、水素ステーションの人が、その私を不審げに眺めていました。


 
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2021年3月24日(水)=桜通り中心部の水素ステーション  =     


”桜通りの水素ステーション”
夕方の散歩、本日の桜、開花状態は? と確認するつもりであしを向けた近所の並木通りの状態は以下の通りで、週末には満開になりそうでした。

 桜通りの写真を撮った場所の左側にはかつてガソリンスタンドがあって、そこで車に給油したこともあったのですが、大分以前からガソリンではなく、このH2(水素)スタンドに変わっていました。

はたして水素で走る車がこのあたりに走っているのか? と疑問に思っていたのですが・・・・・。


 
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2021年3月24日(水)=桜通りは8分咲き=夕方の散歩にて  =     


”桜通りは8分咲き”
かつては、”桜前線”と称し、日本列島の南西方面から北上していた桜、ソメイヨシノの開花も、近年はあちこちら次々に開花が始まって、季節の移り変わりの様子が変わってきました。東京では早々開花宣言が出ていたのに、ここ千葉県北西部では、蕾が大きくなってきても、なかなか花びらを見ることがありませんでした。

近所の松戸市内の桜通りの桜並木にもぽつぽつ花が見られるようになっていましたが、本日夕方の散歩の時には8割がたの木で8分咲きというところでした。ようやく週末は満開かもしれません。

残念ながら昨年に続いて「桜まつり」は中止とのこと。でも静かな桜見物ができそうです。


 
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2021年3月18日(木)=同時に届いた2誌=  =     


”二つ同時に届いた”
 発売日が同じなのか、ポストに2誌が同時に届きました。

CQham radio4月号と、電子工作マガジン通巻50号記念特大号(2021年春号)です。

CQ誌は特集「ハムのモノ作り再入門」。ハムに適した自作パソコンや、木工によるラックの製作等々のステイホーム期間のモノ作り実例が各種。沼南ラジオ工作室室長は、”身の回りの自作小ものや、電鍵自作を通したモノ作りの楽しみを執筆。別冊付録はハム入門者向けの「はじめようアマチュア無線」

一方の(季刊)電子工作マガジンは2008年の創刊号から2013年秋号まで6年間毎号製作記を掲載していましたが、執筆はその後ぱったり途絶えていました。このたびは通巻50号を迎える記念号ということで声がかかり、8年ぶりに記事執筆させていただきました。


 
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2021年3月1日(月)=音響器と合体して NEW ”モー”ルス通信機に =     


”NEWモー”
 以前に今年の干支にちなむ丑型キーを製作していましたが、そのコンセプトによる新たなモールス通信練習器を作ってしまったので、モデルチェンジし、音響器のメカを使って腕を動かすようにしました。腕が動くと共に音響器が鳴り響きます。

カタカタ音が、、モールス通信の長い歴史を感じさせてくれます?


 
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2021年2月22日(日)=ネット上でCWチャット:DitDah Chat 用の外部電鍵=     


”CWのチャット”
 インターネット上のモールス符号を使ったチャット、”DitDah Chat” をパソコンで実行する際にマウスやフルキーのスクロールボタンの代わりに外付け電鍵を使うための「インターフェース?」

それは以前、「モールス符号速度計”クラシック”」を製作したとき、”クラシック”からパソコンのアクセサリソフトの電卓を操作する時にやったことと全く同じ方法です。

最初のCWチャットは2月12日、開発者のJI1JDI局との和文のCWで、その後、数局とCWチャットさせていただきました。テキストでのチャットもできるのですが、電鍵操作と交互にフルキーからの文字入力は、私にはまだ難しいです。


 
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2021年2月22日(日)=ネット上でCWチャット:DitDah Chat =     


”CWのチャット
 正月以降、いろんな課題が重なって日誌記入も止まってしまっていましたが一段落して久々に復活。ローカル局のJL1EDB局からインターネット上のモールス符号を使ったチャット、”DitDah Chat” を紹介されて、参加してみました。初めは電鍵の代わりにマウス・ボタンやキーボードのスクロールアップやダウンのボタンを押していたのですが、電信QSOの雰囲気を出したくなり、ワイヤレスマウスの他に近所のハードオフで買ってきたUSBマウスをつないで左ボタンのスイッチと並列に電鍵をつないでみました。

そのマウスの中味だけ取り出し、手作りの縦振電鍵を接続。子年の干支型電鍵を作った時のネズミを貼りつけると本当の「マウス」らしくなりました。


 
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2021年1月7日(木)=簡易電鍵 さらに小改良 =     


”輪ゴムから引きバネへ
 ニュー・イヤー・パーティーで使った手作り学習用電鍵、金属バネの代わりに輪ゴムを使うのが特徴でしたが打鍵時の手応えにたよりなさを感じるようになり、金属バネにしました。

 先日おこなった接点の改造に加え、これでただの簡易な電鍵になってしまいましたが、この正月に得た新たなカマボコ板をもとに次の電鍵作りの計画に入ることにします。


 
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2021年1月7日(木)=輪ゴム式からバネ式へ。簡易電鍵 改良 =     


”輪ゴムから引きバネへ
 1年前、2020年2月、つくば市で開催されたミニ・メーカーフェアで「手作り電鍵とモールス信号」のワークショップ用に製作し、CQ ham radio誌の3月号に製作記事として掲載された、簡易な学習用手作り電鍵。特徴は引きバネ部に輪ゴムを使っていることでした。

しかし実際の交信に使うと、早めの単点連続を打つときに手応えの頼りなさを感じるようになってきました。金属バネを使うことで少し手ごたえも上がり、打ちやすくなりました。


 
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2021年1月7日(木)= 金属バネを掛けるネジの出来るまで =     


”引きバネを作る
 引きバネ用のネジ、これまではIFTのトメネジをむしり取っていましたが、それも無くなり、自分で作ることにしました。その過程がこれです。

頭の部分の大きいネジを金槌で敲きつぶして平らにし、φ2mmのドリルで穴開けし、ヤスリで余分な部分を削る。金槌で敲いた時に潰れてしまったネジ山の部分は再度、溝を切り直して完成。


 
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2021年1月7日(木)= 手作り学習用電鍵、更に改造 =     


”このネジを引きバネ用にする
正月の無線交信、「ニュー・イヤー・パーティー」、今年は2日から7日までと期間が拡大し、のんびりと交信を楽しみ、期間中、21メガや50メガでも国内規模の通信をすることができました。

 少しずつ改造しながら使ってきた簡易な学習用電鍵、さらに小改造を試みました。この電鍵の特徴だった、輪ゴムを、本来の金属バネにしました。引きバネ用に使うネジの元の形はこれです。


 
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2021年1月1日(金)= 2021年初日の出 =     


”2021年初日の出
毎年工作室近くの交差点で見る初日の出。今年は雲一つ無い澄み渡った空から登ってきました。


  ★★★★

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